- 承継対価の基本的な考え方(時価純資産+のれん)
- のれんを下げてしまう4つの要因
- 利益の額より重要な「利益の質」という視点
- 個人開業医と医療法人、承継の進め方の違い
- 承継価値を守るために、今からできること
「うちのクリニックはいくらで売れるのか」——第三者承継(M&A)を検討され始めた先生から、よくいただく質問です。承継価値は、決算書の利益の額だけで単純に決まるものではありません。今日は、その仕組みを整理します。
承継対価の基本的な考え方
クリニックの承継対価を検討する際には、「時価純資産+営業権(のれん)」という考え方が用いられることがあります。時価純資産は、法人や個人事業の資産から負債を差し引いたものを、時価で評価し直したもの。のれんは、過去の利益だけで機械的に決まるものではなく、収益性、患者基盤、立地、診療科、院長への依存度、承継後の収益見通しなどを踏まえて個別に評価されます。
承継対価の算定方法や水準は、案件ごと、仲介会社ごとに異なり、公的な統一基準があるわけではありません。この記事で示す内容も、一般的な考え方の一例としてご覧ください。
のれんを下げてしまう4つの要因
利益の額より重要な、「利益の質」という視点
「利益が高ければ高いほど、承継価値も高い」と思われるかもしれませんが、実はそう単純ではありません。買い手が見ているのは、利益の額そのものより、その利益が「なぜ高いのか」という理由です。
たとえば、同じ年間3,000万円の利益が出ているクリニックでも、その利益が「院長が週6日診療し、院長個人の評判で患者が集まっている結果」なのか、「複数の医師やスタッフで診療体制が構築され、院長が交代しても患者数を維持できる状態」なのかでは、買い手から見た価値は大きく異なります。
駅前の好立地など、院長が代わっても変わらない理由で利益が出ている場合は、そのまま評価されやすくなります。逆に、利益が出ていない場合でも、立地条件が良く、患者基盤がしっかりしていれば、「経営が変われば、もっと利益を出せる」と評価されることもあります。承継価値を高める鍵は、その価値が院長個人に依存せず、再現できるものかどうかです。
個人開業医と医療法人、承継の進め方の違い
個人開業のクリニックでは、医療機器等の事業用資産や契約関係などを個別に引き継ぐ事業承継が一般的です。スタッフの雇用や患者への周知、診療録等の取扱いについても、それぞれ適切な対応が必要になります。医療法人の場合には、持分の有無や法人の状況に応じて、出資持分の譲渡や社員・役員の変更など、複数の手続きを組み合わせて承継を進めることになります。株式会社の株式譲渡とは仕組みが異なるため、法人の定款や社員構成等を確認しながら設計する必要があります。
- 医師会への加入手続きや入会金等の取扱いは地域によって異なります。承継方法によって取扱いが変わる場合もあるため、事前に所在地の医師会へ確認しておくことが重要です
- 医療法人のM&Aでは、承継後の管理医師を誰にするかが決まらず、承継スケジュールに影響するケースもあります
「知り合いの医師だから」と、専門家を介さず直接交渉を進める場合でも、資産の引継ぎ範囲やスケジュールについて認識のずれが生じることがあります。信頼関係があるからこそ、細かな条件を省略しがちですが、それが後のトラブルにつながる可能性もあります。
まとめ
承継の検討を先送りしている間に、院長の診療日数や患者数が減少し、結果として承継価値が下がってしまうことがあります。「売ると決めてから価値を高めよう」と思っても、その時点からでは十分な準備期間を確保できないこともあります。売るかどうか決めていなくても、決算書を整理し、収益を安定させておく——こうした準備は、今から始めておく価値があります。
- 承継対価は「時価純資産+のれん」という考え方が用いられることがあるが、統一的な評価基準はない
- のれんを下げる要因は、院長依存・帳簿の不透明さ・スタッフの継続性・設備の老朽化
- 利益の額より、「誰がやっても再現できる利益か」という、利益の質が問われる
- 個人と医療法人で、承継の進め方や実務上の注意点は異なる
- 準備は、売ると決める前から始める価値がある