📋 この記事でわかること
  • 持分あり医療法人の相続で、実際に起きること
  • 出資持分の評価は、どのように決まるか
  • 【モデルケース】出資持分3億円なら、相続税はいくらになるか
  • なぜ「税額」より「納税資金」が本当の問題なのか
  • 払戻請求という選択肢と、そのリスク
  • 対策の第一歩として、まずすべきこと

持分あり医療法人の理事長先生から、「うちの法人は儲かっているから、相続税もそこまで心配していない」というお話を伺うことがあります。しかし、利益や純資産が積み上がっていること自体が、実は相続における大きなリスクになり得ます。今日は、そのリスクの構造を、具体的な数字とともに整理します。

持分あり医療法人は、「鍵のかかった貯金箱」

持分あり医療法人の構造を理解するには、「鍵のかかった貯金箱」というたとえが、わかりやすいと思います。

利益は、毎年、貯金箱に入っていく一方
医療法人は、剰余金の配当が禁止されています。つまり、利益が出るたびに、それは貯金箱の中に積み上がっていく一方で、途中で自由に取り出すことができません。放っておけば、貯金箱の中身は増え続けます。
オーナーが亡くなると、貯金箱の中身に相続税がかかる
出資者である理事長が亡くなると、理事長が保有していた出資持分が相続財産となります。そして、法人に利益や純資産が蓄積されているほど、その出資持分の評価額も高額になることがあります。

出資持分の評価は、どのように決まるか

出資持分の評価は、取引相場のない株式の評価に準じて行われます。法人の規模等に応じて、類似業種比準方式や純資産価額方式、またはこれらを併用して評価します。医療法人では剰余金の配当が禁止されているため、一般の株式会社とは評価上の特徴も異なります。いずれにしても、利益や純資産が長年蓄積している医療法人では、出資持分の評価額が高額になることがあります。

【モデルケース】出資持分3億円なら、相続税はいくらになるか

具体的な数字で見てみましょう。理事長が出資持分を100%保有しており、その評価額が3億円だったとします。相続税は、出資持分だけで計算するものではなく、自宅や預貯金といったその他の相続財産と合わせて計算します。ここでは、出資持分3億円に加えて、自宅・預貯金などの個人財産が1億円あり、法定相続人は配偶者と子2人、というケースで試算します。

項目金額
出資持分の評価額3億円
その他の個人財産(概算)1億円
相続財産の合計4億円
基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人3人)4,800万円
課税遺産総額3億5,200万円
相続税の総額(概算)約9,220万円
💡 配偶者の税額軽減を適用すると

相続税の総額は約9,220万円ですが、これがそのまま納税額になるとは限りません。配偶者が法定相続分どおりに財産を取得した場合、配偶者の税額軽減(配偶者の取得財産が1億6,000万円または法定相続分まで非課税になる制度)により、配偶者の負担分はゼロになります。この場合、実際の納税額は、子2人が負担する分の合計、概算で約3,880万円になります。

ここで注目していただきたいのは、相続税の総額(約9,220万円)と、配偶者の税額軽減後の実際の納税額(約3,880万円)の差だけではありません。配偶者が出資持分を取得した場合には、その後の二次相続で、その出資持分が再び相続財産となる可能性があります。一次相続で配偶者の税額軽減を活用する場合も、二次相続まで含めて考えることが重要です。

⚠️ あくまで一つのモデルケースです

相続税額は、出資持分の評価額、その他の相続財産、法定相続人の数と構成、各種控除の適用状況によって大きく変わります。ここで示した数字は、あくまで一例としてご覧ください。

本当の問題は「税額」ではなく「納税資金」

ここからが、この構造の本当の問題です。相続税の納税資金を、貯金箱から出すことができません。鍵がかかったままだからです。

⚠️ 資産の多くは、現金として眠っているわけではない

法人の資産がすべて自由に使える現預金として存在しているとは限りません。土地・建物や医療機器などの固定資産になっている場合もあれば、現預金についても、スタッフの給与や医薬品の仕入れなど、日々の運転資金として必要になります。「法人に3億円の価値がある」ことと、「法人がすぐに現金を出せる」ことは、まったく別の問題なのです。

払戻請求という選択肢と、そのリスク

相続時の取扱いは定款の定め等によって異なりますが、相続人が出資持分や払戻請求権を承継し、法人に対して払戻しを求めることになる場合があります。しかし、これは鍵を無理にこじ開けるようなものです。法人がその現金を用意できなければ、借入をするか、資産を売却するしかありません。これでは、法人の経営そのものが立ち行かなくなるおそれがあります。

結局、ご遺族が個人の資産で相続税を納めるか、法人に無理を強いて払戻しを求めるか——どちらも、厳しい選択を迫られることになります。

ただし、対策をしていなければ、という前提での話

ここまでお話ししたリスクは、あらかじめ準備をしていない場合に起きることです。相続税をきちんと払うための準備さえできていれば、財産権を残したまま、法人を続けることも十分可能です。生命保険などを活用して、ご遺族の納税資金をあらかじめ準備しておく方法も考えられます。

負担そのものを軽くしたい場合は、持分なし医療法人への移行のほか、理事長の退任時期や適正な役員退職慰労金の支給なども含め、出資持分の評価や事業承継を中長期的に設計していくことも重要です。

まとめ

※ 本記事のモデルケースは、2026年7月時点の相続税の基礎控除・税率に基づく概算です。実際の税額は、財産の内容や各種控除の適用状況によって異なりますので、個別のご状況については必ずご相談ください。