- 横領が発覚したとき、単純に「盗まれた金額=損失」にはならない理由
- 損害賠償請求権の計上と、その考え方の根拠
- 回収できない場合の貸倒処理
- 債権放棄をめぐる注意点
- 再発防止のための内部統制の考え方
先日、アルバイト先のスポーツ施設で、従業員がマスターキーを使って顧客のロッカーからクレジットカードを盗み、不正利用した疑いで逮捕されたという報道がありました。今回報道された事案では、被害を受けたのは勤務先の会社ではなく「顧客」です。
ただ、これが「会社のお金そのもの」を横領するケースだったとしたら、
話は少し変わってきます。
もし従業員が会社のお金を横領していた場合、会社ではどのような会計・税務処理が必要になるのでしょうか。「100万円盗まれたのだから、100万円を損失にすればいい」と思われるかもしれませんが、実はそれほど単純ではありません。今回は、従業員による横領などの不正が発覚した場合の会計・税務と、不正を防止するための内部統制について解説します。
100万円横領されたら、100万円を損失にして終わり?
例えば、会社の従業員が会社のお金100万円を横領していたことが判明したとします。会社から100万円が失われているため、まずは横領による損失が発生します。しかし、ここで重要なのが、会社には、横領した従業員に対する損害賠償請求権が生じるという点です。
そのため、従業員による通常の横領では、横領による損失と損害賠償請求権を、原則として同一の事業年度に認識することになります。つまり、「100万円盗まれた=会社の所得がそのまま100万円減る」とは限りません。横領による損失が損金になる一方で、損害賠償請求権については益金として認識することになるためです。
横領による損失100万円を認識すると同時に、損害賠償請求権100万円を未収金として計上します。
(借)未収金 1,000,000円 / (貸)雑収入 1,000,000円
※ 勘定科目は一例です。実際には、会社の会計方針や取引の実態に応じて適切な科目を検討してください。
なぜ「損害賠償請求権」を計上するのか
従業員が会社のお金を横領した場合、会社はその従業員に対して、「横領した100万円を返してください」と請求する権利を持つことになります。これが損害賠償請求権です。
最高裁昭和43年10月17日判決では、法人内部の者による横領について、原則として同時両建説による判断が示されています。国税庁税務大学校の研究資料「不法行為に係る損害賠償金等の帰属の時期——法人の役員等による横領等を中心に——」(税務大学校研究部教授・矢田公一)では、この判例やその後の裁判例等を踏まえ、損害賠償請求権の益金算入時期について、権利確定主義の観点から整理されています。実際の従業員横領を扱った裁判例でも、横領による損害を損金、従業員に対する損害賠償請求権を益金として、同じ事業年度に計上する考え方が示されています。
法人税基本通達2-1-43には、損害賠償金について「支払を受けるべきことが確定した日」の属する事業年度の益金とする(場合によっては実際に支払を受けた日の益金算入も認める)取扱いが定められています。ただし、この通達にいう「他の者」には、法人内部の従業員は含まれないと判断した裁判例があります。従業員による横領の場合、一般の第三者による不法行為とは異なり、この通達をそのまま当てはめられるとは限りません。原則として横領による損失と損害賠償請求権を同一事業年度に認識する考え方が基本ですが、横領の事実を会社が把握できなかった場合など、具体的な事情によっては、損害賠償請求権の権利確定時期そのものが問題になることがあります。
横領した本人にお金がなかったら
ここで疑問になるのが、「横領した従業員に返済能力がなかったらどうするの?」という点です。例えば100万円の損害賠償請求権を計上しても、本人に財産がなく、現実には回収できないこともあります。その場合には、今度はその損害賠償請求権について、貸倒損失として処理できるかを検討することになります。
ただし、「回収できそうにない」というだけで、自由に貸倒損失を計上できるわけではありません。法人税上、貸倒損失として損金算入できるケースは一定の要件が定められているため(法人税基本通達9-6-1等)、「本人にお金がなさそう」というだけで直ちに貸倒損失にできるわけではありません。債務者の資産状況や支払能力、回収のためにどのような対応を行ったのかなど、実際の状況を踏まえて判断する必要があります。
- ① 横領による損失が発生する
- ② 横領した従業員への損害賠償請求権が発生する
- ③ 回収不能となった場合には、貸倒損失を検討する
「返してもらわなくていい」は要注意
さらに注意したいのが、会社側が損害賠償請求権を簡単に放棄してしまうケースです。本来100万円を請求できるにもかかわらず、「もう返さなくていいよ」と会社が債権を放棄した場合、その理由や相手方との関係によっては、単純な貸倒損失とは異なる税務上の問題が生じる可能性があります。特に、不正を行った人物が会社の役員である場合には、役員給与など別の税務論点につながることもあります。
従業員や役員による不正が発覚した場合には、「いくら盗まれたか」だけでなく、「会社としてその後どのように対応したか」も重要ということです。
会計士としてもう一つ気になる「内部統制」
今回の報道を見て、会計・税務とは別に気になったのが内部統制です。報道によると、今回の事案では、勤務先に保管されていたマスターキーを利用してロッカーを開けた疑いがあるとされています。
不正事件が起きた場合、「悪い従業員がいた」だけで終わらせてしまうと、同じような不正が再び起こる可能性があります。会社として重要なのは、「なぜ、その人が不正をできる状態になっていたのか?」を考えることです。
- 重要な鍵を誰でも使用できる状態になっていなかったか
- 現金を一人の担当者だけで管理していなかったか
- 入出金と会計処理を同じ人が行っていなかったか
- 承認する人と実際に処理する人が同じになっていなかったか
- システムへのアクセス権限が必要以上に広くなっていなかったか
- 操作履歴やアクセスログが残る仕組みになっていたか
小さな会社でも内部統制は必要?
「内部統制」というと、大企業や上場企業だけの話に聞こえるかもしれません。しかし、むしろ人数の少ない会社では、「経理担当者一人に全部任せている」という状況が起こりやすく、不正が長期間発見されないこともあります。
例えば、経理担当者が、インターネットバンキングの操作、振込、会計ソフトへの入力、銀行残高の照合まで、すべて一人で担当していたらどうでしょうか。不正な振込を行い、その取引を会計上別の費用として処理してしまえば、発見が遅れる可能性があります。
「振込担当者と承認者を分ける」「銀行口座の残高を経営者が定期的に確認する」「一定額以上の支払いには承認を必要とする」など、会社の規模に合わせた仕組みを作ることが重要になります。大企業のような大がかりな体制でなくても、できることは十分にあります。
不正が起きたら「人」だけでなく「仕組み」を見る
従業員による横領などが発覚すると、どうしても「誰がやったのか」に目が向きます。もちろん、事実関係を確認し、本人に対して適切な対応を行うことは必要です。一方で、会社を守るという観点では、「なぜ不正ができたのか」「なぜ発見できなかったのか」まで確認することが大切です。
そして実際に不正が発生した場合には、横領による損失の会計・税務処理、損害賠償請求権の計上、回収可能性の検討、貸倒処理の可否、役員や従業員に対する債権放棄の税務上の取扱い、再発防止のための内部統制など、複数の論点が生じます。
まとめ
従業員による横領が発生した場合、「盗まれた金額を損失に計上すれば終わり」ではありません。横領による損失とともに、横領した従業員に対する損害賠償請求権についても検討する必要があります。さらに、実際に回収できない場合には貸倒れの問題が生じます。
そして、会計・税務処理と同じくらい重要なのが、「なぜ不正ができてしまったのか」という内部統制の見直しです。不正は、本人の問題であることはもちろんですが、会社にとっては管理体制を見直すきっかけでもあります。不正が起きてから対応するのではなく、日頃から「不正が起こりにくく、起きても早く発見できる仕組み」を作っておくことが大切です。
- 従業員による通常の横領では、横領による損失と損害賠償請求権を同一事業年度に認識するのが原則
- 回収できない場合は、実際の状況を踏まえて貸倒損失の可否を検討する
- 安易な債権放棄は、別の税務論点(役員給与など)につながることがある
- 内部統制の見直しでは、「人」ではなく「仕組み」に注目する
- 小規模な会社ほど、担当者一人への集中に注意する
- 国税庁 税務大学校「不法行為に係る損害賠償金等の帰属の時期——法人の役員等による横領等を中心に——」矢田公一(税大論叢第62号、2009年)
- 最高裁判所昭和43年10月17日判決
- 法人税基本通達2-1-43